ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2005年12月12日月曜日

雲のむこう、約束の場所

「あの翼,ヴェラシーラ.ああ,夢が消えてく.ああ,そうか.わたしがこれから何をなくすのか,判った.神様.神様,どうか」 © 沢渡佐由理.

雲のむこう、約束の場所cwfilms_雲のむこう、約束の場所「雲のむこう、約束の場所」 at Other voices. The Place promised in our early days.

佳かった.『ほしのこえ (The Voices of a Distant Star)』に比べて三倍増しの長さで,しかも設定が入り組んでて,やや取っ付き難いが,非常に佳かった.枝葉末節を取っ払ってしまえば,文字どおり「に閉じ込められた」かつ「眠れる森の姫君」を指定された王子が解放するという,『ほしのこえ』同様まさに直球一本のストレート極まりない話である.姫君解放というモティーフにはどうしてもエロティシズムのイメージがまとわりつくが,同じテーマを抱え込んだ童話あるいは寓話同様に綺麗にまとめてある.やれ,量子がどうの,分岐宇宙がどうのなどは,王子を指定するための小道具に過ぎない.そこに足を取られないようにすれば単純明快.ま,足を取られてもがくのも楽しいので否定はしない (笑).ただ,『ほしのこえ』が主題を一つに限定したラヴェルの『ボレロ』のごとく,最短経路でクライマクスに突入することを思えば,やや冗長な感じは否めんな.その分,脇道に逸れるという楽しみがある訳だが.

サブ・テーマとしては,

  • 夏休みの秘密の計画.ここでは飛行機制作.他ではロケットを作ったりする訳だが.人によってはライヴ・コンサートだったり,コード書き合宿だったりするかも知れない (笑).
  • 夢で繋がっているということ.あるいは,夢でしか繋がらないということ.
  • 背景としての戦争.

ってな感じか.

舞台は青森.青森湾挟んで下北半島の反対側にある青森半島に延びる津軽線沿線.時代は,少なくとも 1996 年以降の現代だが,え〜と,分岐宇宙 (笑). 1961 年以降のある時期に,北海道がユニオン軍に占領されてた頃の話.本州側も米軍統治下に入ってるのか知らんが,佳く判らん.

主な登場人物は三名.「まだ戦争前,エゾと呼ばれた巨大な島が他国の領土だった頃の話」の時期は彼らが中学生〜高校生ぐらいのとき.

沢渡佐由理
音楽部所属でヴァイオリン弾き.あ〜,そういやヘンリエッタもヴァイオリン弾いてたな.自宅最寄り駅は中小国駅.「分断された血筋」.ちなみに,ジョゼさんも富澤研究室の研究員の有坂として出てましたな.
白川拓也
スケート部.物理好き.浩紀とともに「ヴェラシーラ」と名付けた飛行機を組立中.
藤沢浩紀
弓道部.自宅最寄り駅は大平駅以北.

拓也と浩紀のコンビに佐由理が加わって,「ヴェラシーラと名付けた飛行機で国境の向こうのあの塔まで飛ぼうとしていたんだ」というのが「約束」.「雲のむこう」の「約束の場所」は,その「塔」のことだが,ユニオンの塔と呼ばれている.あるいは Quantum Tower (量子塔) とも.この塔はユニオンが北海道を占領した南北分断直後の 1974 年に北海道のド真ん中に建設開始,稼働開始 96 年頃とされている.

ヴェラシーラ計画はお姫さま役だった佐由理が中三の夏に姿を消した (実は謎の昏睡病に罹患して入院した) ことから無期限中断.それぞれの道を歩んでいた二人が,佐由理を目覚めさせるために塔まで飛んで,その後破壊するというのが主な筋だが,その塔の設計者は佐由理の祖父エクスン・ツキノエ (月之江? 月之衛?).だから「分断された血筋」.しかもこの塔は兵器.周辺を分岐世界と置き換えるという, 上乃木ハルカ みたいな能力がある (笑).しかも,佐由理の昏睡はこの塔の置換能力を抑えるためというのが原因らしく,置換しようとするエネルギーを別の回路に繋げて回避するために眠りが必要なのである.何かもう佳く判らん.佳く判らんけど,ここまでお膳立てせんと「お姫さまを解放」できんというか,リアルに感じられないという状況認識が何とも凄い (笑).

  • ほしのこえ』もそうだったが,鬼のような描き込み.
  • ユニオンの塔がある場所,かつてエゾと呼ばれた巨大な島を佐由理は北海道と呼んでいる.「分断された血筋」を持つ佐由理にとっては「雲のむこう、約束の場所」は,拓也と浩紀とは別の意味も持っている.そこは祖父がいる,あるいは,いた国なのだ.
  • 浩紀は東京の高校に入って一人暮らし.その頃の東京の人口は三千万. 都のデータ・ページ を見ると,平成十二年の国勢調査時点での都の人口が十二百万だというんで,およそ三倍弱である.三千万も犇めいているようには見えんけど..
  • 米と日の関係は佳く判らん.軍事行動では共同の米日軍でユニオン軍に対抗しているが,浩紀と拓也が中三の夏休みに働いていたバイト先は蝦夷製作所なる米軍下請け工場である.やっぱ,日本も米統治下にあると考えた方が佳いのか.
  • 蝦夷製作所長の岡部さんは反ユニオン派テロ組織ウィルタ解放戦線のメンバー.後述の富澤教授とも繋がっている.拓也も自由意志で組織に加わる..
  • ユニオンの一般使用言語はロシア語?
  • 高校生ながら青森アーミー・カレッジのインターンとして外部研究員となっている拓也.所属するのは富澤教授率いる戦時下特殊情報処理研究室.そこの先輩である笠原真希さん曰く,「量子レベルで脳の中を行き来する分岐宇宙の情報が,ひょっとしたら人の予感や予知といったものの源泉なのかも知れない」って,まんま『ノエイン』ですかい.公開はこっちの方が早いけどさ.
  • 津軽線に関しては 津軽線 - Wikipedia が詳しい.それによると,津軽線の沿線駅は,青森駅〜 (中略) 〜中沢駅〜蓬田駅〜郷沢駅〜瀬辺地駅〜蟹田駅〜中小国駅〜大平駅〜 (中略) 〜津軽浜名駅〜三厩駅となっている.佐由理たちが通っていた中学校の最寄り駅は「南蓬田駅」という名だが津軽線には存在しない.過去に存在した形跡も見付からんかったので,分岐後にできた駅ということか.単に架空の駅でエエのか.場所は中沢駅と蓬田駅の間.
  • 佐由理の自宅の最寄り駅は中小国駅で,浩紀は大平駅以北だが,津軽線の場合,「青森~新中小国信号場間 (中小国駅以北で隣の大平駅との間にある) は本州と北海道とを結ぶ特急列車や貨物列車が多く通過する路線となった」のに対し,「新中小国信号場~三厩間はローカル線として取り残された形」ということである.意味あり気だ.そういえば,この「津軽線」は単線である.特急が走る路線とは思えない.
  • 浩紀と拓也が中三の夏休みに働いていたバイト先の蝦夷製作所,浜名にあるそうだが,三厩の一つ手前が津軽浜名駅.この辺りか.
  • 駅ホームの行き先表示パネル,「三厩」のローマ字表記が「MINMAYA」になっている.「三厩」が「みうまや」から「みんまや」と呼称を変えたのは 1991 年 3 月 16 日のこと.
  • この世界では青函トンネルは開通していない.計画自体はあったし,着工もしたそうだが,南北分断で掘削工事は中断されている.実際の青函トンネルは着工が 1961 年で,完成,営業開始が 1988 年.なお,関門トンネルを最初に計画したのは杉山茂丸らしいが,青函トンネルは誰だったのだろう.
  • 冒頭で佐由理が朗読していた教科書のテキストは宮澤賢治の『永訣の朝』.

    はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから おまへはわたくしにたのんだのだ  銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの そらからおちた雪のさいごのひとわんを…… ……ふたきれのみかげせきざいに みぞれはさびしくたまつてゐる わたくしはそのうへにあぶなくたち 雪と水とのまつしろな二相系をたもち すきとほるつめたい雫にみちた このつややかな松のえだから わたくしのやさしいいもうとの さいごのたべものをもらつていかう

    [ 宮澤賢治 『春と修羅』より『永訣の朝』 より ]

    ううむ,しっかり本編の要約になっておるな.
  • 笠原真希さんの説明中に挿入されるバージェス動物化石のカット.画面を四分割して以下の位置で.
    Burgess Shale Fauna
    Anomalocarisu sp

    Anomalocaris sp のスペル・ミス?

    カンブリアン QTS での アノマロカリス

    Amphioxus

    どう見ても三葉虫にしか見えない.名称だけに着目すると, Amphioxus は現存する脊索動物門頭索動物亜門のナメクジウオ.バージェス動物群での Pikaia に相当する.

    Hallucigenia

    唯一まとも.

    Opabinia

    オパビニアらしい五眼もノズルも見えない.

    カンブリアン QTS での オパビニア

    参考までに.

  • 岡部 & 富澤ラインもかつて佐由理に相当する存在があって,飛行機作りとかやってたらしい.
  • ヴェラシーラ処女飛行 (塔爆破飛行) 直前の浩紀のヴァイオリン演奏,もしかしてコル・レーニョじゃねぇか.それじゃ流れているような音は出るはずねぇよ (笑).

北海道のド真ん中,旭川か富良野かその辺に建っているユニオンの塔,なんと気象条件によっては東京からも見えるそうで,並大抵の高さではない.というか,すでに塔の範疇を逸脱している.「塔」とは下から上に向かって築き上げるものである.字源はサンスクリット語の stūpa で,卒塔婆のこと.塔でないとしたら何だろう.天気輪の柱というのはイメージとしては美しいが,この場合はちょっと違う気がする.形状からすると針が近い感じだが,探査針とか.でも何を探るんだろう.それに,方向を特定することもできないし.というわけで,「紐」にしよう.これなら上から下という方向が特定できる.ユニオンの塔と佐由理の眠りとは直結している.それならばこの紐は,というわけで,これは「臍の緒」だ.佐由理と反社会性を繋ぐ臍帯なのである.とすれば,塔の破壊=姫君の解放=三つめの窓を穿つこと=臍帯切断は「新生」というイメージを獲得することになる.お〜,何か綺麗にまとまった気分だぞ (笑).

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