ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2008年11月22日土曜日

ETV 特集:私の源氏物語

ETV特集 第248回 11月16日(日) 私の源氏物語 〜千年語り継がれたロマン〜

この番組を見た後だと,『源氏物語』というのはマザコン男の性的遍歴絵巻である.としか思えんのですが (笑).とはいうものの,この番組で面白いのは,「若紫」での藤壺の宮との不義密通の場面 (原文はその前段ぐらいまで) を読み比べているところ.

中井和子 訳『現代京ことば訳源氏物語』

どう首尾したのですやろか.ほんまに無理な逢瀬どして.お会いになっといやす間でさえ,現実のこととは思えしまへんのは,悲しいことでござります.宮も,ゆゆしい出来事どして,かつての日のことをお思い出しやしてさえ,生涯の御物思いでござりますさかい,せめて,あれきりでと.深う思うといやしたのに,

朗読は高橋しげ子.以下の朗読は高橋美鈴アナ.

原文

いとわりなくて見たてまつるほどさへ 現とはおぼえぬぞ わびしきや 宮も あさましかりしを思し出づるだに 世とともの御もの思ひなるを さてだにやみなむと深う思したるに いと憂くて いみじき御気色なるものから……

與謝野晶子 訳

与えられた無理なわずかな逢瀬の中にいる時も,幸福が現実の幸福とは思えないで夢としか思われないのが,源氏はみずから残念であった.宮も過去のある夜の思いがけぬ過失の罪悪感が一生忘れられないもののように思っておいでになって,せめてこの上の罪は重ねまいと深く思召したのであるのに,またもこうしたことを他動的に繰り返すことになったのを悲しくお思いになって,恨めしいふうでおありになり……

宮は実際おからだが悩ましくて,しかもその悩ましさの中に生理的な現象らしいものもあるを,宮御自身だけには思いあたることがないのではなかった.情けなくて,これで自分は子を産むのであろうかと煩悶をしておいでになった.

與謝野晶子 訳は角川文庫.青空文庫にも入っている.作家別作品リスト:与謝野 晶子

谷崎潤一郎 (戦後) 訳

戦中訳では藤壺と源氏の不義密通の場面は,自主規制のため削除されている.

たいそう無理な首尾をしてようようお逢いになるのでしたが,その間でさえ現とは思えない苦しさです.宮も,浅ましかったいつぞやのことをお思い出しになるだけでも,生涯のおん物思いの種なので,せめてはあれきりで止めにしようと,固く心におきめになっていらっしゃいましたのに,またこのようになったことがたいそう情けなく.やるせなさそうな御様子をしていらっしゃるのです.

中公文庫で手に入る.

田辺聖子 訳

以下は著作権の絡みだろう,字幕が出ないので実際の文章がこのとおりなのかどうかは不明.聞き取った結果である.

「浅ましい夢を見ているような心地がされます」と宮はお泣きになった.源氏は胸が迫って物も言えず,宮を抱きしめるばかりである.今こうして,我が腕の中に宮がいられるのは夢ではないか,あまりに日夜恋いこがれていたために,願望がまぼろしとなって自分を惑わせているのではないかと思われたが,わずかな灯影に見る宮の美しい面輪は現し身のものであった.「いつぞやの夜の思い出だけを頼りにわたしは生きて参りました」と源氏は宮の御胸に顔を埋めながら言った.「わたくしにはあの思い出は辛い責め苦でございました.もう二度と恐ろしい罪は重ねるまいと決心しておりましたのに」.

源氏は「盛り上がる」んだそうである.新潮文庫で手に入る.

橋本治 訳

闇の中をわたしの匂いだけが光のように渡って行く.手を伸ばせば懐かしいということもできない彼の人の肉の震えが伝わってくる.「どうしてここへ」.その声が震えている.「お逢いしたい一心で」.指の先に長く艶やかな髪が触れる.「お逃げにならないで.この世の掟の中には,もうあなたを逃す余地なぞどこにもないのですから」.震えを押し殺した冷静な声が低く忍びやかに漏れてくる.「もう,お逢いするつもりはありませんでした」.薄衣の下に滑らかな乳房が息づいている.現とは思えぬ闇の中に.それを制する声が短く起こって,あとは幻の時間となった.

これは名取裕子が朗読で取り上げているそうである.江川達也は六十年代安保世代の文体だと言ってるけど (笑).中公文庫.

瀬戸内寂聴 訳

源氏の君は,夢の中にまで恋い焦がれていたお方を目の前に,近々と身を寄せながらも,これが現実のこととも思われず,無理な短い逢瀬がひたすら切なく哀しいばかりです.藤壺の宮も,あの悪夢のようであった初めての浅ましい逢瀬をお思い出しになるだけでも,一時も忘れられない御悩みに苛まれていらっしゃいますので,せめて再びは過ちを繰り返すまいと深く御心に決めていらっしゃいました.それなのにまたこのようなはめに陥ったことがたまらなく情けなくて,耐え難いほどやるせなさそうにしていらっしゃるのでした.

講談社文庫で手に入る.白石加代子が瀬戸内訳を朗読しているそうである. 源氏物語【宇治十帖】チラシ裏面.声だけなのに,なんかもう一人芝居のようなド迫力です.で,この 86 歳の婆さんの凄いところは,この現代語訳の完了後,ケータイ小説版源氏も手掛けているところ.筆名は「ぱーぷる」でタイトルは『あしたの虹』.この人の作家的貪欲さには頭が下がる.

補遺

他に, 1) 円地文子の訳本がちらっと画面に出る (新潮文庫でも手に入る),2) 魔夜峰央の『パタリロ源氏物語!』 (笑), 3) 江川達也の徹底的に性的な見地に立ったコミック版は,原文が全部載ってるのか? 4) 清水義範が面白いことを言っている.地の文が敬語で書かれているのはあまり例がないとのことで,なるほど,そうだな,他には書簡体小説ぐらいかね.『ファーニィ・ヒル』の角川文庫版では,地の文は敬語だったと思うけど (続編 (?) 『〜の娘』は敬語じゃなかったと思う). 5) 丸谷才一の『輝く日の宮』は,定家が『奥入』に書いた「「かゝやく日の宮」このまきなし」を根拠に,この巻に藤壺の宮と源氏の一度目の逢い引き描かれたいたと推理して書いた小説.ちなみに,紫式部に省略をアドバイスしたのはパトロンの道長だとか.講談社文庫. 6) コミック版の火付け役は,大和和紀の『あさきゆめみし』.この人,『はいからさんが通る』の作者なのか. 7) 大塚ひかり の新訳 (ちくま文庫). 8) 林真理子の六条御息所が語る源氏, 9) 十和『愛のひかり』, 10) 2ch のスレ「源氏物語をスイーツ(笑)文にしてみる」.

じゃ,どれを読む?

そりゃいちばん遠い原典だろ (笑).例えば校閲の入った原典をベーレンライターだとすると,翻訳版はそのベーレンライターを使った演奏から採譜したようなもんになるんでない? じゃ宝塚や歌舞伎や,コミックは? 二台のピアノ版や吹奏楽版の『カルミナ』や,『惑星』の「冥王星」や,エルガーの交響曲第三番みたいなもんか (をい).あと,好色文学なら母語じゃない方が興奮するぞ (笑).で,手に入るのは? 岩波の文庫と古典文学大系のやつ,それから角川か.

  • GENJI-MONOGATARI.渋谷栄一教授の 定家本系「源氏物語」(青表紙本)本文に関する情報と資料の研究.原文,ローマ字版,現代語訳,注釈,各種翻刻資料などなど.
  • 源氏物語の世界 再編集版 ↑のリミックス版.

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