- アンドリュー・パーカー "眼の誕生", カンブリア紀大進化の謎を解く 渡辺政隆, 今西康子 訳, 草思社, 2006, ISBN4-7942-1478-2, (Andrew Parker "In the Blink of an Eye", 2003)
「この「カンブリア紀の爆発」と呼ばれる出来事を招来した起爆剤は,いったい何だったのか」という問いに対し,「5 億 4300 万年前,生命最初の「眼」がすべてを変えた (帯)」と答えた一冊.
まずもって,「カンブリア紀の爆発」をきちんと定義しなければならない.エルドリッジ & グールドの「断続平衡説」の立場を取る著者の定義は「全動物門の突然の進化」という「簡略な定義」を退けて,身体内部の体制と外部形態の進化を区別し,後者における事象「五億四三〇〇万年前から五億三八〇〇万年前に,現生するすべての動物門が,体を覆う硬い殻を突如として獲得した出来事なのである (ただし,海綿動物,有櫛動物,刺胞動物は例外).それと同時に,軟体性の蠕虫という原型から,個々の動物門に特徴的な複雑な形状 (「表現型」ともいう) への変化が,地史的なタイムスケールからすると,「またたくま」に起こったこと」だとする (p. 28, 59).じゃ,内部体制はというと,これはもう 9 億〜 6 億年前の「先カンブリア時代のうねり」で形成されていた (p, 64).
「神,光あれと言いたまいければ (『バブリング創世記』, 徳間文庫,p. 19)」ということで,まずもって光なのである.ウィワクシアやマルレラ,カナディアのカラー図絵は圧巻.まぁ,かなり誇張されてるらしいけど.じゃぁ,なんでこんなに鮮やかな (あるいは地味な) 色彩をまとうに至ったかといえば,色素色であれ構造色であれ色彩を誇示するあるいは隠匿する必要性に迫られていたからであって,色彩の獲得は色彩を感知する器官を備えているからこそ可能なのであり,この感覚器官=光の受容器官「眼」をもつことにより大爆発が引き起こされたというのが著者が説く「光スイッチ説」の骨子.動物側にやっと準備が整ったというタイミングの問題その一はエエとして,実際にこの時期に地上に降り注ぐ太陽光量に変化があったのかという疑問には,銀河系内における太陽系の位置まで持ち出して来る (p. 368 - 370).周到である (笑).曖昧模糊としたほとんど真っ暗な部屋 (p. 340) の中がいきなり見えるようになれば,そりゃたいへんだ.光は他の感覚器官が受容する刺激より格段に早いスピードを持っているし,なにより避けることができない.
眼は,思っていたのよりかなり早いスピードで形成されるらしい. 364,000 世代およそ五〇万年もあればカメラ眼を獲得することができるという (p. 284).眼が獲得されると,それまでは割とのんびりとした「喰うか喰われるか」の世界のスピードが一変する.「あれば喰う」だったのが「喰いに行く」ようになる.自分を喰うものが向こうからやってくるなら,逃げるか闘うかしかない.体力で勝てなければ防御策を講じなければならない.そのためには堅い殻をまとうのがいちばん経済的.これが一斉に起こったのがカンブリア紀,というわけである.「見えない」状態から「見える」状態への移行はパラダイム・シフト並みの大激変だった (p. 356).
余談:ハルキゲニアもそうとうイっちゃってる生物だったが,この本にはそれに勝るとも劣らない奇天烈生物が記載されている.カンブロパキコーペ (p. 266).グールド本のハルキゲニアをひっくり返して,ヒレ足をくっ付け,「背」にある触手は取り除く.口は胴体の先端に位置しているが,ハルキゲニアの「頭」のように胴体の先端がむっくり膨らんでいる.全体の 1/3 ほどの大きさにもなっているそれは巨大な複眼.しかも一つ目.
視覚の優位性というか要対策の緊急度合いがいちばん高いのはすでに五億年以上の積み重ねがあるとしたら,こりゃもうダメですわ (笑).音への対策は個体レベルにとどまりそうだ.
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