ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2004年5月15日土曜日

エドガール・モラン『オルレアンのうわさ』

 モートン・ルー『ザ・ウェーブ』 を読んだら必然的にこちらにも手が伸びることになる.

  • エドガール・モラン "オルレアンのうわさ", 第 2 版 杉山光信 訳, みすず書房, 1973, 1980, 1989, ISBN4-622-01565-X, (Edgar Morin, ed "La Rumeur d'Orléans", Nouvelle édition complétée avec La Remeur d'Amiens, 1969, 1970)

 例えば「赤」という色からヒトはさまざまな イメージ を喚起する能力をもつわけだが,この象徴作用が生み出すイメージの方向付けによってはとんでもなくグロテスクなことが起こりかねない.

  1969 年 5 月のオルレアンで,「ユダヤ人が経営するブティックの試着室で密かに女性誘拐が行われている.彼女たちは性具として外国へ売り飛ばされている」という噂から神話が生まれ吹き荒れる.現実の血は流されなかったもののほとんど暴動寸前にまで高まったパニックは,この神話が主として「反ユダヤ主義の陰謀」とする対抗神話に衝突したせいか,臨界値にまで膨れ上がったせいか,はたまた地元の人たちの都会コンプレックスを刺激したせいか,急速に萎んでいくが,けして消え去ることはなくミニ神話に分解して蠢いている.

 本書はこの件を調査したモラン他 6 人のレポートや日記と新聞記事や公式声明などの記録文書,さらには 1970 年アミアンで起こったうわさに関するフィシュレのレポート,そして臨床的宣言ともいうべき社会学の構想である「現在あるものの社会学」から成る.

 モートン・ルー『ザ・ウェーブ』 でも暴行事件の被害者はユダヤ人の生徒だった (p. 173).この「感情」は「理性」ではコントロールできんものとみえる.

 四散した噂は消え去ったわけではない.「火のないところに煙は立たない」,「マスコミや警察は買収されている」などの合理化や防御反応の陰で燻り続けている.噂はつねにターゲット (贖罪の羊) を探している.これがいちばんグロテスクな点だ.「社会は文化を発展させていくと同時に,非文化=蒙昧状況をも増大させていく」.個人的には「現代化」って積み上げるというか糊塗するだけだと受け取っていたのだが.古い街並みに無秩序に新しい街並みを被せていくというイメージで.だから古い街並みは見えなくなっている (または見え難くなっている) だけで消え去ってしまったわけではない,と.

 「最初にうわさが卵からかえるのは,思春期の少女や若い女性たちの間であった.そこからあらゆる分野の若い女性たちのところで急速に広まっていった.このことはほぼ確実と思われる (p. 24)」.そりゃそうだろう.流行の先端にいてポップ・カルチャーの主要な担い手になっているのは彼女たちなんだから.男なんて相手にされてないよ.

 あれはいつ頃だったかな.帰省したときに同級生の SU くんから聞いた話.悪友 K の結婚式のときだったから 10 年くらい前かな.以前にも 書いてた けど.「新婚旅行で香港 (上海だったかも知れん) を訪れたカップルがいた.新婦がチャイナドレスかなんかを欲しがったので二人は店に入る.新婦は衣装を抱えて試着室に消える.そのまま待てど暮らせど出て来ない.捜索願いも甲斐なし.数年経って発見された (場所は忘れた) 彼女は両手首を切り落とされて性玩具と化していた」.今なら都市伝説になるのか.ここでも「女性誘拐」というテーマが見られる.ユダヤ人は中国人に変更されている.ただしオルレアンの場合では誘拐の場所と話し手と聞き手のいる場所は同一だが,こちらは遠い異国の話になっている.ために切迫感はそれほどでもない.両手首の切断という奪人格化のイメージが強烈で記憶に残っているのだが,構造はまるっきり同一だ.神話たるゆえんか.

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