ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2000年12月3日日曜日

本日の収穫:クライバーのラ・ボエーム at スカラ座, 1979

本日の収穫:観物

  1. Puccini "La Bohème" Cotrubas, Pavarotti, Popp, Saccomani, Nesterenko, Kleiber, Zeffirelli, Bel Canto Society BCS-0699, 1999

 ソースはたぶん Opera Video 101 と同じ.だが,音質画質ともに格段に向上.もっともかなり盛大なヒス・ノイズとか入ってるし,お世辞にもコマーシャル・レベルとは言えないが,ずっと観やすく聴きやすくなった.ポップさんのムゼッタは第二幕から登場するが,いきなり真っ赤な衣裳で目に付く.声の輪郭のせいでアンサンブルの中でもすぐ判る.主役のコトルバス姉さんを喰ってるような気がせんでもないが.しかしながら,姉さんの名誉のために付け加えておけば,姉さんがスカラ座で『椿姫』のヴィオレッタでデビューしたときは,カラスの代役の代役だったそうで,このときに凄い伝説を作っている…… ヴィスコンティの『椿姫』でシーズン幕開けを飾るはずの初日 (月曜) の 3 日前 (金曜) にマリア・カラスも代役も病欠で歌えなくなり,困りきったスカラ座はグラインドボーン近郊のマダム・コトルバスの家に電話を入れた.

しかし彼女はロンドンにショッピングに出かけており,彼女の夫は風呂に入っていたので一回目の電話に出損ねてしまった.それでもついに,どうやら話が通じ,コトルバス氏はスーツケースを詰め,中に『椿姫』のスコアをつっこんで,急ぎロンドンに向かった.

 ロンドンで落ち会った二人は,ミラノ行きの最終便の出発時刻ぎりぎりに,ヒースロー空港に到着したが,この最終便が,霧のため,欠航となってしまった.翌朝,つまり土曜の朝,霧はいよいよ深まり,ヒースローを発つことになっている便のすべてが欠航の止むなきに至った.二人は,引き続き空港近くのホテルに待機した.日曜の朝が明けた.ヒースローの霧は晴れたが,今度はミラノのリナーテ空港がすっぽり霧に包まれてしまった.

 両方の空港が共に晴れ上がったのは,月曜日,上演の当日になってからだった.二人がようやくミラノに到着すると,空港には,パトカーまで含んだ,ものものしい自動車行列が待ち受けていた.先頭の車には,ミラノ市長,スカラ座総裁ギリンゲッリ,だいぶ気の立っているようすのヴィスコンティらが乗り込んでいた.一行は,がらすきの道路をひた走った (わざわざ通行規制がしかれていたのである).一回きり,それも難しい箇所だけのリハーサルがすむと,マダム・コトルバスは衣装をつけ,そのまま一分の休憩もなしに舞台に立った.そして, 24 回のカーテンコールを受けたのである.

ヒュー・ヴィッカーズ,井口百合香 訳『珍談奇談オペラとっておきの話』 音楽之友社, 1982, ISBN4-276-35044-1, pp.120-121.

 やっぱ.『ボエーム』はコンパクトで佳いねぇ.ところで,カラヤンの『ボエーム』の LD (パヴァロッティとフレーニのやつ) を持ってるつもりだったが,今探すと,ない.ううみゅ.あの映像の記憶ははたしてどこから? もしかして,この記憶はおれの記憶じゃない?

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