ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2007年1月6日土曜日

Kanon #14 ひびわれた協奏曲 〜 concerto 〜

「あれ (特製のジャム) はふつうの食べ物とは違う何かのような」 © 月宮あゆ.しかし,どんな面妖 (麺妖) な喰い物なんだ.水瀬家のご先祖さまは夜泣き蕎麦屋でも斬り殺したのか.「生き物としての本能が警笛を鳴らす」ような喰い物って,もしかして,金属的な味なんだろうか.金属的って,どんな味なんだよ,それ.非生物的というと,火のような味とか,絶対零度的とか,極度に思弁的で実体がないような味とか.もはや意味不明.もはや廃墟.

舞篇中のサブ・カテゴリで佐祐理メインのお話.佐祐理は留年してるだけではなくて,リスカ女でもあったという衝撃の事実 (笑).オオアリクイのぬいぐるみ背負って夜の街を彷徨うなんざ,ふつうの神経ではできません.それも,背負ってる自分と見ている自分が別になっているせいですか.「自分自身を客観的にしか見られなくなった」って,客観視してる対象とその行為の主体の同一性はどうやって保持しているんですか.それとも保持してないんすか.舞と祐一の関係は,舞と佐祐理間にも敷衍できますか.二者間の関係が一方通行ではない ↔ になったときに,佐祐理が殺した一弥はヤーチャイカになりますか.

もしかして本編中で「Kanon」の説明があるのはこれが最初で最後ですか.パッヘルベルはありきたりだし,「同じ旋律を何度も繰り返しながら,少しずつ豊かに美しく和音が響き合うようになって行く」というのは,ぜんぜんカノンの説明になってないけど,それはともかく,対象が「旋律」ではなくても「繰り返しの美」は確かに存在します (笑).

名雪が演劇部から借りて来たというウサミミ,もう あゆ 篇の仕込みですか.エラく気の早い話だけど.

0 件のコメント:

コメントを投稿