ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2009年5月23日土曜日

収穫はヒューズの『水の都』とヘイスブレヒツという名前:日曜美術館「だまさ れて“見える” 錯視芸術の快楽」,さらに無限音階

錯視

だまされて“見える” 錯視芸術の快楽|新日曜美術館

騙し絵は,確か坂崎乙郎さんだったと思うけど,その著作に出て来てたのぐらいしか知らない.

木津文哉『思いやり』 2008
おそろしく本物そっくりに描かれた架空の光景.
パウルス・ロイ『ルドルフ 2 世,マクシミリアン 2 世,フェルディナンド 1 世の三重肖像画』 1603
見る角度に応じて 2 種類の画像が入れ替わる.古き良きアナログ・レコードの溝みたいなのが切ってあって,左チャンネルに 2 名,右チャンネルに 1 名が描かれていると考えれば佳い.
ドメニコ・ピオラ『ルーベンスの《十字架昇架》の場面のあるアナモルフォーズ』 17 世紀
中央に円筒形の反射鏡を立てて見るヤツ.
パトリック・ヒューズ『水の都』 2008
例の『パラドクスの匣』[P. ヒューズ, G. ブレヒト "パラドクスの匣", 柳瀬尚紀 訳, 朝日出版社, 1979, (Patrick Hughes, George Brecht "Vicious Circles and Infinity", An Anthology of Paradoxes 1975, 1978)] の著者の片割れが最近制作した作品.これはびっくりだ.アイディアに脱帽.種明かしされても興味が薄れないことにはもっと脱帽.凄い.やっぱあれですか,リアクションのレンジが広いからですか? 距離感をなくすために片目で見るともっと効果的かも.
本城直季『small planet シリーズ』より 3 点, 2005, 2006 (写真)
被写界深度を極端に狭めた組写真.確かに現実の風景がミニチュアのように見える.どうやって撮ってんだろ.
ジュゼッペ・アルチンボルド『四大元素 水の寓意』 1566
ダブル・イメージ
一つの絵の中に異なる二つの画像を表すこと.ハプスブルク家の宮廷画家でルドルフ 2 世 (1552-1612) に仕えていたからには,アルチンボルドのケースは錬金術=エゾテリスム思想の影響しか考えられんだろ (笑).
アルチンボルド『ウェルトゥムヌス (ルドルフ2世)』 1590 頃

後付けの思想は詰まらないな〜 (笑).その意味でメイク的解釈から入る Ikko さんの発言は面白い.

マテウス・メリアン『擬人化された風景』 17 世紀初め
アルチンボルドほどではないだろうけど,これも有名.言われてみれば,確かに一度顔だと認識してしまうと,この絵の場合は風景として再認識するためには意志の力が必要になる.アルチンボルドの「寄せ」られた物体は意識することなく見えている.
ハンス・ホルバイン『大使たち』 1533
これも超有名っす.でもアレだな,歪んだ頭蓋骨の置き方があまりにあっさりし過ぎてるよな.というか大胆過ぎ?
アナモルフォーズ (歪み絵) (Anamorphosis)
アナモルフォーシスとも.見る角度を変えると正しい図形が見えてくるもの.先のピオラの絵のような円筒に投影するものも歪み絵の範疇に入るらしい.
エアハルト・シェーン『フェルディナンド 1 世』 1531-34 頃
シェーン『四大指導者』 16 世紀
これらも有名だけど,むしろ時事ネタっぽい寓意画っすかね.
シェーン『ヨナと大きな魚としゃがむ男』 1538
Was sichst du? の出典は旧約エレミア書第 1 章第 11, 13 節らしい.シェーンはエゾテリスム思想なんてバカバカしいと思ってたんすかね.それとも,バカバカしいと思ってたと思わせたかったんすかね.
コルネリス・ノルベルトゥス・ヘイスブレヒツ (Cornelius Norbertus Gysbrechts) 『食器棚』 1663
ほんものそっくりに描く.『思いやり』もそうだが,ここでは画家の興味は画布の中と外の両方に注がれているんですね〜.
トロンプルイユ (Trompe-l'œil)
ここでは「ほんものと見まがう騙し絵」と言ってるが,もとのフランス語の意味は「眼を騙す」ということなので,いわゆるスーパー・リアルだけがトロンプ・ルイユなわけではない.と,思ったが,ロワイヤルだといわゆる「スーパー・リアル」の意味のみ記載されてるな. Musee du Trompe l'Oeil en Dordogne, unique en Europe を見ても,やっぱスーパー・リアル系を指すようだ. トロンプ・ルイユ - Wikipedia ではエッシャーやアルチンボルドまで入れてるけど,それっていわゆる「トリック・アート」の範疇であって「トロンプ・ルイユ」の公的定義とは違う (もっと狭い) んじゃないの?
ヘイスブレヒツ『静物—トロンプルイユ』 1663
ほんものそっくりの絵がある光景をほんものそっくりに描く.中と外の構造に,さらにその外側を持ち込んだもの.
ヘイスブレヒツ『画架と果物』 1670-72
ほんものそっくりの絵がある光景をほんものそっくりに描いたところをほんものそっくりに描く.ついに立体化.
ヘイスブレヒツ『裏返しのタブロー』 1670
こりゃもう現代アートっすね.ある意味でデッド・エンド.マトリョーシカの無限に対抗するために,ついにメビウスに到達した?
鳥居清忠『忠臣蔵七段目謀酔之段』 1749
絵 (の中の) の枠からハミ出る人々.絵画からの逃走? (笑) 線遠近法を強調した浮世絵を「浮絵」と称するそうな (神戸市立博物館:名品撰).
河鍋暁斎『幽霊図』 1883 頃
これもやっぱり絵 (の中の絵) からハミ出るモノ.
歌川国芳『みかけはこはゐがとんだいゝ人だ』 1847-48
アルチンボルドの寄せ絵の江戸版.クソ真面目さは微塵もなくて,粋だねぇ (笑).
福田繁雄『一勇斉国芳のヴィーナス』 1984
先の国芳の『みかけはこはゐがとんだいゝ人だ』をミロのヴィーナスの頭部に貼付けたもの.
福田繁雄『男と女の脚』 (個展ポスター) 1975
これは有名っすね.
福田繁雄『ランチはヘルメットをかぶって』 1987
848 本のフォークやナイフやスプーンを組み上げたオブジェが投影するものは…….
福田繁雄『ローマ字の宇宙』 2001
この巨大な作品は何か感動的.
福田繁雄『アンコール』 1975
これはムナーリのデザイン本[ブルーノ・ムナーリ "モノからモノが生まれる", 萱野有実 訳, みすず書房, 2007, ISBN978-4-622-07328-4, pp.327-329., (Bruno Munari "Da cosa nasce cosa", appunti per una metodologia progettuale, 1981)]に載ってましたね.実物は意外に大きい.写真だと軽そうな感じを受けるが,映像だとずっしりしてるように見える.

斯様に,錯視芸術なるモノは極めて容易に思想的なるモノと結び付きたがる傾向があるのが特徴かと.

ダリとかデュシャンとか,エッシャーすらも出て来なかったし,この番組は展覧会とかの販促宣伝なんすかね.ベラスケスの『侍女たち』は錯視とは違うか.ってな訳で, 6 月 7 日まで名古屋市美術館で「視覚の魔術 だまし絵」として展示公開中.以後, 6 月 13 日〜 8 月 16 日まで渋谷の Bunkamura ミュージアムで公開するそうな.チャンスがあれば見に行ってみようかな.ヒューズのアレはやっぱ一度見ときたいよな〜.

錯聴

いや〜,ちょっと調べてみると聴覚にも錯覚があるんすね.そりゃそうか,確かに感覚受容以後の認知に関する話だからな.聴覚系だと音響心理学とか調べてみると面白そう.いちばん有名なのは,いわゆるシェパード・トーン (Shepard tone - Wikipedia, the free encyclopedia) というヤツなんすか.無限音階と称するらしい.

変わってるのは判るんだけど,どこで変わってるかが判り難いというのがミソですかね. 3 つ目のリンク先には Max/msp 用のパッチが載ってるけど, Pd 版もあった.っつ〜か,ドキュメントとして付属しているので Puckette 御大謹製の vanilla 版でも動かせる. Help -> Browser -> 3.audio.examples と手繰って行くと D09.shepard.tone.pd があるので開く.最下の output~ オブジェクトの dB Number ボックスを弄って適当なレベルに上げて START Message ボックスを叩くと動き出す.お〜,これは面白い.耳で聞くエッシャーだ.

え〜っと,あんまり錯覚する例がないんですけど (笑).逆転音声と言えば,えい子先生のお家芸? (笑)  NTT のラボって面白いことやってんだな.そういや ICC も NTT やんか.

実物

その後,実物を観に行って来た (笑). 奇想の王国 だまし絵展 (Visual Deception)

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