ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2005年10月5日水曜日

スタイナー『マルティン・ハイデガー』

ハイデガーに関する本だから,じゃなくて,スタイナーの著作だから.

  • ジョージ・スタイナー "マルティン・ハイデガー", 生松敬三 訳, 岩波現代文庫, 2000, ISBN4-00-600027-8, (George Steiner "Martin Heidegger", with a new introduction 1978, 1989)

われわれは音楽の存在を当たり前のことだと考えるが,それは存在が当たり前だとするのと同様である.われわれは驚くことを忘れてしまっている.

[ p. 118 より ]

ハイデガーと聞けば「ハレグゥ dx #03 ちょっと待って マリィたん」とか笠井潔の『哲学者の密室』しか思い浮かばん程度の低い人間だが (笑).後者ではいわゆる「ハイデガー・スキャンダル」にも触れていたと記憶しているのにも関わらず,さっぱり思い出せない.もちろん,遅れてきたユダヤ人であるスタイナーの立場は明確で,ハイデガーへのナチズム加担に対しては第二部後半からばっさりと断罪している.曰く,神学者としてスタートを切りながらも『存在と時間』の執筆中に転回,神学を捨てて言語を武器に存在論を取る.のはエエが,神学と同時に倫理学も捨ててしまったがためにハイデガーの人間性は損なわれてしまった,と.

以下はちょっと興味深い.

それが読みあげられ語られるのを聴くと,息を吹きかえしてもっと分りやすくなり,ほとんど音楽的と言ってよい性格の論理を身につけるようになることに気づいた.したがって,ハイデガーを活字で読むということは,ある意味では問題的であるばかりでなく,不自然でもある行為なのかもしれない.

[ p. 13 より ]

プログラマにもソースコード音読派があるぐらい (笑).口頭伝達を重視しているとはいえ,まぁ,こちらはドイツ語とギリシア語がベースで,しかも語源学の知識が必要とされる.スタイナーほどの才人でも英仏独フル稼働で苦闘している.さらにこれを日本語で読むというのはどうよ,ってな感じか.そんなん魔術的曖昧主義的なメロドラマだの,トートロジー的な饒舌だの,催眠術を使った非合理主義の論理的構築だのと切って捨てても佳いのかも知れないが,ソレはソコにある.

『存在と時間』文庫版には岩波版以外にもちくま学芸文庫があるらしい.ただし,どちらも二巻本.

スタイナーの本はどれをとっても異様な迫力があって,読み手がテーマを佳く知らないくても,ぐいぐいと引き込まれてしまう.一読後,ひどく疲れるんだが,一度読んでおしまいということがないので,やはり何度か読み返すことになる.

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