ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2005年9月28日水曜日

伊能忠敬

いや〜,裃を着た絵しか見たことなかったので,てっきり根岸鎮衛みたいな幕府のお役人だと思っていたのだが,なんと元々は造り酒屋と運送業を兼ねた商家の主だったらしい.それが五十歳で息子に家業を譲って楽隠居かと思えば,江戸に出てきて浅草の幕府の天文台に入り浸り,地道に修行に励む.歩測という特技があって,歩幅 69cm を維持して歩くことができたらしい.歩く計測器である.素質もあったらしく,二点間で北極星の高度差を計測して地球の円周距離を算出しようなんて考えていたらしい.凄いぞ,爺っちゃん.仕事場の浅草と自宅の深川間の距離を歩測で計測して地球の円周を出そうとしたんだけど,上役に二点間の距離が近すぎてまともな距離が出せないと指摘されたが,この上役がまた人を見る目があって,当時近海に出没してた外国船の脅威から北海道の地理を詳しく知る必要に迫られていた幕府が測量を行うことになり,これに忠敬を推薦したことが,例の日本全国の地図を作製する発端になったそうだ.五十五歳の時に半年掛けて北海道の地図を作製,これが好評で引き続き東日本の地図を作製する.これを献上された将軍家斉が出来映えの良さに西日本の地図作製を命じる.トータルで 35,000km を踏破して全国の測量を終えたのが七十一歳.この二年後に忠敬は没するが,地図が完成したのが翌年.以来百年ほど日本地図のベースの座を維持したというからたいしたもんだ.

五十を過ぎて全く別の業種に飛び込み,しかも理論方面ではないとはいえ随一の業績上げるんだから凄いよな〜.当時も今もいちばん元気な (暴れている) のは「不良中年」?

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