ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2006年2月14日火曜日

蟲師 #16 暁の蛇

  • 蟲師 DVD 1a (台詞あり 15 秒)

Serpens at dawn of Spring

「どうしてかしら.何でだったかしら」 © さよ

冒頭,さよ の右耳に這い込んで行く影魂を見て「あなまどい」 (別役実 "道具づくし", 大和書房, 1984, ISBN4-479-68022-5, p.65) が要るなと思ったのはどうでもエエんだが (だいたい身体を這い上がって行ってる=這い上がる対象の身体を知覚しているから,単なる「節を抜いた三尺ほどの竹筒」では防げないだろう),これは怖い.知らぬうちに何やら得体の知れぬものが (知れていても) 身体内に侵入してくるのは恐怖以外の何ものでもない.のだが,佳く考えると,顕微鏡でしか見えないほどの小さな「なにやら」は常時吸い込んだりなんだりしてるんだろうな〜.宇宙服でも着用せん限りは防げないのか.完全に遮断することが無理なら,なんとか折り合い付けるしかないな.

影魂
「陰」魂じゃないのか orz.半透明の黒い膜状をした,記憶を喰う蟲.巨古木の陰に好んで潜み,同化している.アリジゴクの如くそこで動物が憩むのを待ち,眠り始めると耳から入って脳に棲む.すると宿主はほとんど眠らなくなり記憶を少しずつ失って行く.一定量の記憶を喰うと脳内で分裂し,宿主が僅かに眠った隙に分身を外に出す.それがまた木の陰に潜み,そうやって増えて行く.本来は陽に長く当たっていると消えてしまう弱いものだが,体内に潜まれると深く脳内に入り込み,手を出す術はない.
陰膳 (蟲じゃないけど)
旅などに出た人の無事を祈って,留守宅の人がそなえる食膳.岩波国語辞典第二版より.
  • 出奔した夫が西の村で所帯を持っていたというのは『イノック・アーデン』の逆だけど,なんかそんな映画があったな〜と探してみたら『ひまわり』だった.おれもだんだんと記憶を喰われてるんか知れん.そういや『伊勢物語』にも似たような話があったような.
  • ところで,さよ の記憶の異変は「去年の春頃」から.ということだが,さよ の名無しの夫が姿を消したのは何故なんだろ? 時期的に さよ の進行性記憶喪失を知っていたとは思えんし.っつか,アレはほんまに さよ の夫,カジの父親だったのか? 二人がそう思い込んでるだけだったりしてな.箪笥の比喩を使うと説明できんが結線することに例えるなら,「なくなる」ことの他に「混濁する」あるいは「混線する」こともあり得るだろう.
  • 機織機,リアルだな〜.
  • さよ の記憶がなくなっていくことにいちばん辛い思いをするのは さよ 自身じゃなくて息子のカジの方だろう.最終的には『黙示録オラトリオ』を書き上げた後のアードリアーン・レーヴァーキューンみたいになるんだろか.天才少年ヴァイオリニストでありながらも渡米先で精神を病んでしまった 渡辺茂夫 の姿も思い浮かぶんだが.

記憶のありようを箪笥の引き出し例えるギンコ説はたぶん間違ってると思うが,ここでは問わない (問えない).繁殖の際に,影の形を取るのは何となくホフマンっぽいイメージだが,あの人工的な感覚は当然ながらない.っつ〜か,こちらにはそんなもん必要ない.

「暁の蛇」って,どういう意味なんだろ? ちなみに,三月中旬の明け方午前五時頃には蛇座 (Serpens) が思いっ切り南中しとりますが.

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