ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2004年6月25日金曜日

ベルクソン『創造的進化』あるいは『飛べないエラン・ヴィタール』

 一ヶ月ほど前ヨコシマな動機で 買った ものだから興味の対象もヨコシマである (笑).

 ボッカのアイバーマシンはエラン・ヴィタールという名前だが, 公式サイト でも Gainax のサイト http://www.gainax.co.jp/anime/boukyaku/chara.html#eran でも「エランヴィタール」という一語のカタカナ名しか与えられていない.だが,どちらもファイル名に eran とあるのは誰でも気付く.語感もフランス語っぽい.というのでこれを eranvital と仮定してみた.が,ロワイヤルを引っくり返してみたが載ってない.複合外来語の中黒を省くのはありがちなので eran vital の 2 語としてみたが, vital はあるものの eran がない.ないのだが,さすがはロワイヤル, vital の用例中に élan vital が揚げてある.曰く, vital は英語のとだいたい同じ意味の形容詞, élan は跳躍,はずみ,感情の高まりという意味の名詞.だが,これが二つくっつくと 生の飛躍,エランヴィタル [Bergson の用語] なのである.ということで長い前フリ終了.以下放課後 (『忘却の旋律』 #02 pt.1 長い放課後のはじまり).

élan vital

  • ベルクソン "創造的進化", 真方敬道 訳, 岩波文庫, 1979, 1997, ISBN4-00-336451-1 (Henri-Louis Bergson "L'Évolution Créatrice", 1907)

  l'élan vital は「生命の躍動」とされる場合もあるようだが,この本では「生命*1のはずみ」と訳されている (p. 450).で,その「はずみ」とは何ぞやという問うと.

私は生命の根源のはずみが胚のひとつの世代からつづく世代へと移ってゆき,成体となった有機体は胚から胚への媒介をつとめる連結符だと考えている.このはずみこそは進化の諸線に分たれながらもとの力をたもって,変異の根ぶかい原因となるものである.少なくとも,規則的に遺伝し累加されて新種を創造する変異を,それはひき起こす.

[ p. 117 より ]

 進化を促す傾向もしくはエネルギーのようなものが,つねにすでに生命体には埋め込まれているというのである.その例証としてホタテ貝のような軟体動物と脊椎動物の眼の構造の類似を示してみせる.

けれども視覚への歩みなどといえば,旧い目的概念にもどっていることにほかならないか.この歩みが到達目標の表象を意識されてか無意識にか必要としているならば,まったくその通りにちがいない.しかし事実は,視覚への歩みは生命の根源のはずみによっておこなわれ,この運動そのものに含まれているのであって,だからこそ進化の独立な諸線上におなじ歩みがみとめられもするのである.ではこの歩みはどうして,またどのようにそこに含まれるのであろうか.そう尋ねられたら私は答えて,生命は何であるよりもまずなまの物質にはたらきかける傾向なのだといおう.このはたらきかけの方向はもちろん前もってきまってはいない.そこから,生命は進化の途上に予想もつかぬ多様な形態をまきちらすことになる.

[ p. 126 より ]

 進化の度合いが進んで形態が似ても似つかぬ程変化しても,根源的な「はずみ」の一撃は変わらず伝えられている.だから,環境が同じであれば適応は形態ほどの差異はあり得ず,どこか似通ったものになる.

 つまり生命活動は身の回りの物質を取り込み支配しつつ進化して行くというプロセスを歩む.物質に対する「障害」,「戦い」という用語に注目.

私が生命のはずみというのはつまり創造の要求のことである.生命のはずみは絶対的には創造しえない.物質に,すなわち自分のとは逆の運動にまともにぶつかるからである.しかし生命はそうした必然そのものとしての物質をわが物にして,そこにできるだけ多量の不確定と自由を導入しようとつとめる.

[ pp. 297-298 より ]

はずみは有限であり,しかも一度で全部あたえられたきりであった.それはあらゆる障害を乗りこえることはできない.生命のはずみの刻みつける運動はあるときは逸れあるときは分裂し,つねに反抗を受けている.そして有機的世界の進化とはこの戦いの展開にほかならない.

[ p. 301 より ]

 この他「はずみ」の主要な要素には「本能」と「知性 (の元)」が含まれている,と続くのだが,とりあえずこの辺で.要は「生命のはずみ (l'élan vital)」とは物質に抗いこれを支配して自由をもたらそうとする内的衝動*2であり,進化とはその発露である程度にまとめておく.

errant

 ロワイヤルによると errant という単語がある.この位置に来るのは名詞だから,複数形で用いる古語で「(信仰上における) 迷える人々」という意味だそうだ.形容詞だと「流浪の」とか「遍歴の」という意味だそうで,なんとなくクサいんだが,まぁ cf ということで.それに errant vital というのがフランス語として正しいのかどうか知らんし.

エラン・ヴィタール

 ボッカの乗るアイバーマシンの名前はツナギじいさんの開発コード名のままである.これがマシンが未完成であることを示唆しているのかも知れないが,このままではこのマシン名だけが異質だ.黒船さんのマシン名に「太陽」,遠音には「空」,ココが従えている 3 台の内 1 台が「光」という語を含んでいる.名前だけでも飛びそうなイメージを持っている.「はずみ (躍動)」はむしろ飛ばす原動力であり,モンスター支配から自由を取り戻すという意志にこそふさわしいと思うのだが,ひとまず置いとく.

 さて,またヨタの始まりである.「エラン・ヴィタール」という名称の元ネタがベルクソンだと仮定しよう.その場合,冒頭に記載したページのファイル名が élan (elan) じゃなくて eran になっているのが問題だが,単なるミスでは面白くないので意図的なものだと,これまた仮定しよう.ここで意味深なのが 忘却の旋律 #12 pt.5 迷宮島 迷宮 で再登場*3してきた「ガネっこ」の存在である. 公式サイト を見ると「園田エル」という名前であることが判る.こちらでは一貫して「園田 L」と表記*4してきた.くどくど言ってないで,さっさと結論を言え.え〜と,つまりですな,「ガネっこ」はアイバーマシンのパーツである (パーツになる) のではないか,と. 忘却の旋律 #12 pt.5 迷宮島 迷宮 では小夜子がキーになるとか書いてたけど,一応「ガネっこ」説も書いておこう.えと,「ガネっこ」とエラン・ヴィタールが合体することで飛べるようになる,う〜ん,絵的にどうかね〜,「エラン・ヴィタールを飛ばすのはガネっこ (もしくは,かつて「ガネっこ」と呼ばれたもの) の存在である」ぐらいにしとこう (笑).むろん彼女を時間が狂っているらしい迷宮から連れ出せてからの話だけど.

*1: 生命とはとりもなおさず,胚が胚を生み出すための成長過程の持続である.

私の見当では,胚の発達と完全な有機体の発達とは切れ目のない連続をなしている.生物を成長させ発達させ老化させる推進力は,とりもなおさず,その生物に胚生活の諸相を経過させた力なのである.胚子の発達は形態のこやみない変化にある.そのつぎつぎの様子をあまさず書きとめようとするひとは,無限のなかに埋もれて,連続体と取りくむひとと同じ目にあうであろう.そうした出生以前の成長を延長したものが.すなわち生命である.

[ p. 41 より ]

*2: 非連続の現象を生じさせる根源的飛躍.

ベルグソンが「創造的進化」(L'evolution creatrice,1907 )の中で用いた、この有名な言葉 (l'élan vital) は、生命の進化が物質の外的結合によってではなく、生の内的衝動によって飛躍的になされることを表わすものであった。それは、因果則や目的論で説明しえない進化の妙を捉えたものであるが、一種の不可知論の表明でもあるといえよう。

[ 小林直樹『人間の総合的把握をめざして』 より ]

*3: やかましいことを言えば 忘却の旋律 #12 pt.5 迷宮島 迷宮 終了時点ではクレジットは「バスガイド」であり,正面を向いたカットがないのでこのバスガイドが「ガネっこ」であるという証拠はない.ただし中の人が同じであること,最期に眼鏡のフレームだけを見せたことから,まず間違いないと思われる.そうでなかったらお笑いだ.

*4: 倉橋由美子さん好きなもんで.

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