ぐる式 (貳) より引っ越し作業中.未完.

2005年1月24日月曜日

ク・ナウカ『アンティゴネー』 2004

2004 年 10 月 19 日に収録された東京国立博物館野外特設ステージでのライヴ.ク・ナウカ 公演の『アンティゴネー』.訳:柳沼重剛,構成・演出: 宮城聰,音楽:矢野誠.

常時水が滴り落ちる,水を湛えたステージ,極端に動きが少ない所為,和風ないしは東洋風の衣装,まるで Test Dept. みたいな音楽 (笑).泣き女たちの嘆きが高まったのちにアンティゴネーの一声が発せられて静まり返るのは,かなりのインパクト.

おもしろいと思ったのは,役者と役名が一対一対応してないこと.主要な登場人物は発語順にアンティゴネー,イスメーネー,クレオン,ハイモン,テイレシアスの五人だが,このうちイスメーネーとテイレシアスは複数の役者が台詞を受け持つ.クレオンは混合で,七人が渡り台詞よろしく分配 / 繰り返す部分と阿部一徳さんのソロがある.ハイモンは大高浩一さん,アンティゴネーは美加理さんのソロ.これだとアンティゴネーとハイモンをフィーチャしたように思えるけど,実際のハイモンは出番が少ない.実質的にクレオン vs アンティゴネーという図式になっている.すなわち,人の秩序に従うものと神の秩序に従うものとの対立.

75 分というコンパクトな構成は放送に際してカットがあったのかどうか知らんが,台詞はかなりカットされている.呉訳の訳本参照しながら観ていても,たびたび台詞を見失う.まぁ,訳文が違うこともあるんだけど.

ところで,訳本を読んでると気付かないんだが,実は原典は相当な難物らしい.古代ギリシア語なんて読めるはずはないからスタイナーを引っ張り出すけど,冒頭のアンティゴネーの台詞は字義通りに訳すと「おお,私の真の妹イスメーネーの共同に共有された頭よ*1」となるらしい.かなり突拍子もない出だしである,というか,とんでもない (笑).

イスメーネー! そなたはわたくしと,血を分けた妹ですが,そなたには判っていますか.お父さま故の数々の禍いのうち,ゼウスさまはどのようなのをまだ,生き残っているわたくしたちに取っておいでか.そうでしょ.あなたやわたくしが今舐めている禍いのうち,苦痛の種,破滅の種,恥の種,不面目の種でないものなど見当たりますまい.それに今度はまた,さきほど王様が街中に,なにやらお布令をお出しになったと,皆が申しているのは何のことでしょう.そなたは何か聞いていますか.

なるほど「頭」はない.んでは,他にいくつか訳文を引っ張り出してみよう.

Gemeinsamschwesterliches! o Ismenes Haupt! Weißt du etwas, das nicht der Erde Vater Erfuhr, mit uns, die wir bis hieher leben, Ein Nennbares, seit Ödipus gehascht ward? Nicht eine traur'ge Arbeit, auch kein Irrsal, Und schändlich ist und ehrlos nirgend eines, Das ich in deinem, meinem Unglück nicht gesehn. Jetzt aber, ahnest du das, was der Feldherr Uns kundgetan, in offner Stadt, soeben? Hast du gehört es? oder weißt du nicht, Wie auf die Lieben kommet Feindesübel?

[ Antigone (Sophokles-Übertragung): Friedrich Hölderlin による独訳 より ]

[ Friedrich Hölderlin 本のスキャン画像 ]

スタイナー曰く「ヘルダーリンは勇敢に直訳する」の箇所.「頭 (Haupt)」がちゃんとある (笑).オルフのオペラ (DG ポリドール POCG-3160/2, 1961, 1994) は,このヘルダーリン訳を丸々採用しているのだが,それの岩下眞好氏による日本語対訳の頭の部分は「ともに血をわけている妹! イスメネよ!」となっていて,「頭」は無視.

イスメーネー,大切(だいじ)な,血をわけた本当の妹の,あなたは,むろん知っているわね,お父さまオイデュプスから伝わったいろんな災難,そのどんなのをまだ,生き残っている私たちに,ゼウスがお掛けになっていないか

何一つ,苦しいこと,破滅のたね,蔑みや辱めで,あなたや私の身の上に現在見られないものは,一つもないのに.今も今,人の話では,この国じゅうに,王様が,つい今しがた,お布令をお出しだったというけど,いったい何のことなのかしら.あなたは何か聞き込んでいる.それとも,敵への禍いが,親しい身内へまでかかるのを,あなたは知らずにいるんですの.

[ ソポクレース "アンティゴネー", 呉茂一 訳, 岩波文庫, 1961, 1997, ISBN4-00-321051-4, p. 8 より ]

Ismene, sister of my blood and heart, See'st thou how Zeus would in our lives fulfill The weird of Oedipus, a world of woes! For what of pain, affliction, outrage, shame, Is lacking in our fortunes, thine and mine? And now this proclamation of today Made by our Captain-General to the State, What can its purport be? Didst hear and heed, Or art thou deaf when friends are banned as foes?

[ Antigone by Sophocles: F. Storr による英訳 より ]

Ismene, sister, mine own dear sister, knowest thou what ill there is, of all bequeathed by Oedipus, that Zeus fulfils not for us twain while we live? Nothing painful is there, nothing fraught with ruin, no shame, no dishonour, that I have not seen in thy woes and mine.

And now what new edict is this of which they tell, that our Captain hath just published to all Thebes? Knowest thou aught? Hast thou heard? Or is it hidden from thee that our friends are threatened with the doom of our foes?

[ Antigone by Sophocles: R. C. Jebb による英訳 より ]

英訳はどちらも「頭」を無視.

*1: スタイナー "アンティゴネーの変貌", 海老根宏, 山本史郎 訳, みすず書房, 1989, ISBN4-622-04536-2, p. 290, (George Steiner "Antigones", 1984)

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